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Author:ichibou
ならまち育ち。長年東京に暮らすも、現在は奈良に戻り、その魅力を再発見中。「見仏記」の影響で仏像鑑賞が趣味に。

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美仏を訪ねて京都へ(1) 清凉寺・釈迦如来像

嵯峨釈迦堂前バス停
奈良のお寺を巡っていても、しばしば「清凉寺式」と呼ばれる釈迦如来像にお目にかかることがあります。西大寺のご本尊や唐招提寺礼堂の釈迦如来像などがそうです。これらは鎌倉時代に清凉寺の釈迦如来像を模刻して広がったもので、全国に100体以上存在するといいます。今回はその清凉寺式釈迦如来の原像を訪ねるべく、京都嵯峨野の清凉寺へと向かいました。京都駅からバスに揺られ、嵯峨釈迦堂前で下車。ここからお寺までは歩いてすぐの距離です。


清凉寺・仁王門
清凉寺は「嵯峨の釈迦堂」の名で知られる古刹です。開祖は東大寺出身の奝然(ちょうねん)上人。奝然上人が宋より請来した釈迦如来像を、棲霞寺(せいかじ)境内に安置し、意思を継いだ弟子が釈迦堂として発足したのが清凉寺の始まりとされています。当初は華厳宗のお寺だったそうですが、現在は浄土宗のお寺となっています。


清凉寺・仁王門
しかし、その釈迦如来像にはいつでもお会いできるというわけではありません。毎月8日(11時以降)と、春(4~5月)、秋(10~11月)に公開されることになっています。今回は春の特別公開最終日に訪問させていただきました。


清凉寺・本堂
仁王門をくぐると正面に現れる大きな建物が本堂(釈迦堂)です。本堂は江戸時代(寛永14年)の大火により消失しましたが、徳川将軍綱吉とその生母桂昌院の発願により再建されています。お目当ての釈迦如来像は、この本堂内にいらっしゃいます。


清凉寺・本堂
拝観料(霊宝館との共通券700円)を納め、広い本堂に入ると、中央には綱吉と桂昌院が寄進したと言う立派な御厨子があり、その中に釈迦如来像が祀られていました。



『日本の美術 第513号 清凉寺釈迦如来像』
釈尊37歳の生身のお姿を伝えたという像は、頬はふっくらし、なんとも慈悲深く優しいお顔をされています。この像は日本における清凉寺式釈迦の原像となっていますが、この像自体も中国(宋)にあった霊像を模刻したものです。


清凉寺・本堂
(本堂にかけられた「栴檀瑞像」の扁額)
釈迦がまだ存命だった頃の古代インドで、優填王が栴檀(せんだん)の木で造らせたという釈迦の等身像が根本の像で、後にこの像は中国に伝わり、さらに奝然上人がこれを模刻させて日本へ持ち帰ることとなります。このようにインド、中国、日本と伝来したことから「三国伝来の釈迦像」ともいわれています。(1)縄目状の髪、(2)衣は両肩にかける通肩型で、身体の正面に同心円状の衣文 (3)三段にまとめた裾、といった特徴を持っています。


清凉寺・阿弥陀堂
さて、本堂を出て次に向かったのは、すぐ東側にある阿弥陀堂です。ここは、嵯峨天皇の皇子である源融(光源氏のモデルといわれる人物)の山荘である棲霞観があった場所です。融の死後は、阿弥陀三尊像祀る阿弥陀堂が建立され、棲霞寺となりました。その阿弥陀三尊像(国宝)は現在は清凉寺の収蔵庫である霊宝館に移されています。阿弥陀堂内には代わりの阿弥陀如来像や、如意輪観音像などが祀られておりました。


清凉寺・霊宝館
次はその阿弥陀三尊像を拝むべく霊宝館へと向かいます。お寺の収蔵庫といえば、国宝級の目玉となる像は部屋の中央や一番奥に安置されているというイメージがあります。しかし、この霊宝館は違っていました。入口の扉を開けるといきなり両サイドに立派な像が配されていて驚かされます。入ってすぐ左手に安置されているのが先ほどの阿弥陀堂から移されたという丈六の阿弥陀三尊像です。さらにその向かい側(入って右手)にはご本尊釈迦如来の脇侍だったという青い獅子に乗った文殊菩薩像と、白い象に乗った普賢菩薩像も安置されています。



阿弥陀三尊像の中心にいらっしゃるのが、「光源氏の面影写し」と言われる阿弥陀如来像です。『絶対に訪ねたい! 京都の仏像』の表紙にもなっているこの像は、丈六サイズの大きな像で、その光背はびっしりと化仏をつけた千仏光となっています。


清凉寺・霊宝館
そして、やや細長い形の収蔵庫を奥へと進むと、両サイドに十大弟子像や四天王像、清凉寺式釈迦の模刻像などが安置されています。そして一番奥には眼が大きく、腰のくびれた兜跋毘沙門天像が立っておられました。そのお顔は、若い頃の関根勉さんに似ている気がします。

さらに、階段を上って二階へと進むと、そこには本尊・釈迦如来の納入品として発見されたという、五臓六腑(絹製の内臓模型、複製品)も展示されていました。これは宋でこの像が模刻された時、宋の尼僧により釈迦如来像体内に納められたものだというので、驚きです。


清凉寺・多宝塔
最後は霊宝館を出て、境内を散策します。


清凉寺・聖徳太子殿
すると多宝塔の南隣の草むらになにやら「聖徳太子殿」と刻まれた石碑がたっているのに気づきました。


清凉寺・聖徳太子殿
草むらの中に入っていくと、法隆寺の夢殿のような八角円堂が現れました。比較的新しい建物のように見受けられますが、なぜか草木に隠れるようにひっそり存在しています。なぜここに夢殿があるのか気になるところですが、お寺でいただいたパンフレットや公式サイトを見る限りでは、清凉寺と聖徳太子のつながりはよく分かりません。本堂に戻ってお寺の方に尋ねればよかったのですが、その時はバスの時間が迫っていたこともあり、そのままお寺をあとにしてしまいました。


清凉寺・御朱印
最後にいただいた御朱印です。
「釈迦如来」


清凉寺 見仏メモ

■寺号:清凉寺(せいりょうじ)
■別称:嵯峨釈迦堂
■住所:京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46
■山号:五台山
■宗派:浄土宗
■本尊:釈迦如来像(国宝)
■創建:寛和3年(987年
■開基:奝然
■本尊御開帳日:毎月8日(11時以降)、4~5月、10~11月
■霊宝館特別公開:4~5月、10~11月
■拝観時間:9:00~17:00
■拝観料:本堂400円、霊宝館400円、共通券700円
■駐車場:あり(有料)
■交通:JR嵯峨嵐山駅より、徒歩13分
    京都市営バス、京都バス「嵯峨釈迦堂」バス停より、徒歩1分
     ※バスは京都駅、四条烏丸、三条京阪などから複数系統あり

■今回見仏した御仏
 【本堂】
  ・釈迦如来立像 - 国宝、 宋時代、木造
 【霊宝館】
  ・阿弥陀三尊坐像 - 重文、平安時代、一木造(ヒノキ)
  ・文殊菩薩騎獅像 - 重文、平安時代、木造
  ・普賢菩薩騎象像 - 重文、平安時代、木造
  ・釈迦十大弟子像 - 重文、平安時代、木造
  ・四天王立像 - 重文、平安時代、木造
  ・兜跋毘沙門天像 - 重文、平安時代、木造

■公式サイト:【清凉寺(嵯峨釈迦堂)】

■地図
 

■関連書籍
 
 清凉寺は「見仏記」にて紹介されています。

■関連DVD
 
 清凉寺は「TV見仏記 京都編」にて紹介されています。

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THEME:古寺巡礼 | GENRE:旅行 |

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